豆腐花の思い出(野田まりえ)


 人生に行き詰まったら豆腐花屋さんになろうと、ずっと思っている。豆腐屋さんでも、花屋さんでもない。豆腐花屋さんだ。豆腐花は、温かく滑らかな豆腐に、赤茶色の砂糖をかけたもので、シンプルだがとても美味しい。


(香港・葵涌の豆腐花・Public domain)




 私は香港に2年間も住んでいたのに、知っている広東語はほんのわずかで、おはよう、ありがとう、愛してる、頑張って、またね、しか言えない。その他に、好きな食べ物の名前を少し言えるくらいで、最初に覚えたのが豆腐花だ。広東語にはトーン(声調)があるし、カタカナで書き表すことはできないが、豆腐花はドォウフーファーという。


 私は香港滞在中、この豆腐花が大好きで、よく食べていた。温かい食べ物は、温かい記憶となって、ずっと心に残る。私の香港の思い出は、温かくて、ほんのり甘い。


 日本の田舎から香港の田舎に移り住んだ時、私は16歳だった。そう、私は、香港の田舎に移り住んだのだ。香港にいたと言うと、あの高層ビル群のど真ん中に住んでいたのかと思われることも多いが、私は、山と海に挟まれた全寮制の学校に入った。


 在学中には、寮の屋上から毎晩のように山を眺めた。カエルの鳴き声が聞こえるほかは、夜はとても静かだったと言っても、あまり信じてもらえない。校内に猿が侵入したこともあったが、それも信じてもらえないことが多い。でも、東京にも自然があるように、香港にも豊かな自然がある。近くには観光地としても人気のある漁村があり、そこで新鮮な魚を使ったフィッシュアンドチップスを食べるなど、元イギリス植民地らしい思い出もある。香港での高校生活の後、イギリスの大学に進学したけれど、香港で食べたフィッシュアンドチップス以上に美味しいフィッシュアンドチップスには、ついぞ出会えなかった。


 私の香港は、山のふもとの学校、そこから見える山と海、最寄りのバス停から、そして駅から、香港島のほうへ、どんどん伸びていく。


 私が大好きだった豆腐花屋さんは、最寄りのバス停からマイクロバスに乗って行くことができる、スーパーマーケットの下の階にある市場の中にあった。なぜスーパーマーケットの下に、スーパーではないマーケットが必要なのかよくわからなったが、市場をふらふらするのが楽しく、私はよくスーパーの帰りに市場に寄った。学校給食の食缶をさらに長くしたような入れ物に、柔らかい豆腐花を入れて売っているおばさんがいて、浅いお玉で豆腐花をすくって白いカップに入れ、上に赤茶色い砂糖をかけてくれた。その温かい豆腐花を、その場で食べることもあったし、容器に蓋をしてビニール袋に入れてもらい、持ち帰ることもあった。



 何を話そう。私の大好きな香港について。


 香港に住んでいたというと、香港の主要な観光地や、その周辺のちょっと気の利いたお店なんかを知っていることを期待されることが多く、そういう場所に明るくない私は、いつも自信をもって香港について話せない。香港の歴史や政治についても、とても無知なので、そちらも自信をもって話せない。


 なにより、香港のことを思い出すと、自意識の塊で、語学力以前に人としてのコミュニケーション能力が低く、あまりに幼かった自分の記憶が混ざり込んできて恥ずかしくなり、何をどう話しても、正直に話せていないような気になってしまって言葉に詰まる。


 思えば、香港のドラマティックな歴史に心惹かれて、私は香港に来たような気がする。1997年に香港が中国に返還されたとき、香港の人たちがどういう気持ちで迎えたのか、私には想像できない。国とはなにか。国民とはなにか。自分の住んでいる街が、ある日を境にイギリス領ではなくなって、中国の一部となるのだ。なんだか不思議だし、不安だっただろうと思う。


 私は、日本人の両親のもとに日本で生まれ、日本で育った。日本のパスポートを持っている。日本人であることは疑いようもない。では、香港の友人たちはどうかと言うと、私ほど単純ではない。私の友人たちの多くは、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア等のパスポートを持っている。皆、「何かあった時のために」と言っていた。

 Incase anything happens…


 何かってなんだろう、とずっと思っていた。

 その何かが、今起きている。

 いつだって足りない私の想像力では、想像できなかった何か。

 それは、道徳教育の名のもとに自由な思想が脅かされること。

 ある日突然、本屋さんが行方不明になること。

 香港の市民が、香港以外の場所で裁かれるようになるかもしれないこと。

 平和的な抗議活動に参加しただけで、暴行を受けること。

 そして警察がそれを見てみぬふりをすること。

 警察が市民に催涙スプレーやゴム弾を発射すること。

 民主的な選挙が奪われること。

 豆腐花の話をしたかったのだ、私は。白くて、柔らかくて、温かくて、ほんのり甘い。

 いま香港のことを考えると、真っ黒い不安な気持ちでいっぱいになる。

 言いたいことがたくさんある。

 そして、香港の人たちの悲しみ、憤り、そして、香港を守るという気持ちの強さを考えると、自分の気持ちが、ただ一時期香港に住んだことがある外国人のノスタルジーでしかないように思えて、何も言えなくなってしまう。

 でもいつも、思っている。

 我愛你(愛してる)。加油(頑張って)。



 2020年5月28日 香港国家安全法が採択された。

 

 新型コロナウイルスの流行に気を取られている隙に、香港の存続が脅かされるのではないかと、ずっと恐れていた。

 目を離したら、香港は消えてしまう。

 ただのノスタルジーなのかもしれない。でもこの悲しい気持ちは本物だから、私はもっと、自分に出来ることを探さなくてはならない。失った後に泣いても、取り返しがつかない。

 私の大好きな香港。たくさんの素敵な思い出をくれた香港。

 温かくて、優しい味の豆腐花の思い出は、温かくて、優しい香港の人たちがくれた大切な時間そのものだ。

野田まりえ


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