君はエスペランサ(野田まりえ)
一人の女の子に会いたいと、ずっと思い続けている。
彼女の名前はハンナと言って、私がイタリアを一人で旅していた時に出会ったビビアンという女性の一人娘だ。
私は彼女がまだ生まれる前に、彼女をエスペランサと名付けた。
いまも心の中で、勝手にその名前で呼んでいる。
ハンナもビビアンも、それを知らない。
2008年の4月、私が通っていたイギリスの大学はイースター休暇に入った。春のヨーロッパは特別に美しい。太陽が輝き、花が咲き、街ゆく人々の服装も軽やかでカラフルになる。
イースター休暇を利用して私はイタリアへ旅行に行った。格安航空券でピサへ飛び、フィレンツェ、ローマ、ベローナ、ベネチア、トリエステと列車で旅をした。楽しい旅だった。
ビビアンに出会ったのは、ベローナのユースホステルだった。彼女はドイツに留学中のイタリア系ブラジル人で、ヨーロッパの市民権を得るためにイタリアを訪れていた。イタリア系移民たちは、自分の先祖の住民票を見つけることが出来ればイタリア国民としての権利を復活させることが出来るらしい。彼女はベローナに、曾祖父の住民票を探しに来ていた。
ベローナは、ロミオとジュリエットの舞台となった街だ。有名なジュリエットのバルコニー周辺は観光地化されているが、フィレンツェやベネチアに比べると人が少なくて落ち着きがある。小さな川が流れていて、小さな丘がある。絵本の世界から出てきたような、可愛らしい街だ。そんな素敵な街に、ビビアンは自身のルーツを探す旅に来ていた。私は、曾祖父母の代に北海道に入植してきた和人の子孫なので、移住とか移民とかルーツとかいう言葉に弱く、どんな物語がそこにあるのかと思うとワクワクしてしまう。
たった2晩だけど、私とビビアンはいろんな話をした。彼女が買ってきたパネトーネを一緒に食べた。彼女の家では、イースターにパネトーネを食べるのだと言った。この特別な日を一緒に過ごしてくれてありがとう。パネトーネを分け合える人に出会えてよかった。彼女はそう言った。
私はイースターを祝わない国から来たから、イースターの重要性がいまだによくわからないが、本来ならば大切な家族と過ごす日なのだろう。以来、パネトーネを見るたびに、私はあのベローナのユースホステルを思い出す。パン屋や、お菓子屋さん、輸入食材のお店で、一人密かにビビアンのことを考える。
私とビビアンは、Facebookで繋がり、メールアドレスを交換して別れた。ビビアンはドイツに、私はイギリスに戻った。私たちはとにかく気が合った。話したいことがたくさんあった。長いメールを送り合い、外国暮らしの苦労を分かち合った。観たい映画の話になると、一緒に映画を観に行ける距離に住んでいないことを残念がった。私は2009年に大学を卒業し、日本に帰国した。私たちのメール文通は続いていた。
2011年の3月11日に、大きな地震があった。
私は東京にいて、地震の5日後に北海道の実家に帰った。私は被災していないし、被災した家族もいない。でも、あの時の恐怖を一生忘れないだろう。なにもかもが怖かった。不安な気持ちでいっぱいだった。実家に帰ってからも、毎日ニュースを見ては、不安な気持ちで眠る日々だった。
ビビアンは、私を気遣うメールをくれた。
そのメールに、こんなときに知らせることではないかもしれないけど、実は妊娠したのだと書いてあった。付き合ってもいない男性の子どもを妊娠して、一人で産み育てると決めたのだそうだ。無責任に聞こえるかもしれないけど妊娠を喜んでいると、彼女は言った。自分の年齢を考えると、子どものいない人生を歩むことになると思っていたから、思いがけず妊娠して嬉しい。奇跡だと。
メールの文面は幸せに満ちていて、輝いていた。
それは、震災が起きてから最初の、幸せなニュースだった。
どんな時でも人は生まれるんだな、と月並みなことをぼんやり思いながら、私は泣いた。ただただ嬉しかった。
数ヵ月後に赤ちゃんが生まれる。
産声をあげて、生まれてくる。
こんなに嬉しいことがあるだろうか。
お腹の子どもは、未来に良いことがあるという約束のようだ。
「希望」という言葉の意味を、はじめて理解したように感じた。
エスペランサという単語が、ふと浮かんだ。
ポルトガル語で「希望」という意味だ。女性の名前でもある。生まれてくる子どもが女の子かわからなかったけど、エスペランサという名前が良いと、私は思った。
生まれてきた子どもは女の子だった。
母であるビビアンは、彼女をハンナと名付けた。
彼女に会ったら伝えたい。
あなたがまだお腹にいたとき、私の国で、とても大きな災害があったの。自然災害だけど、人が起こした災害もあった。私は何日も暗い気持ちで暮らしていたけれど、私よりもっと辛い気持ちで暮らす人もいっぱいいて、自分の暗い気持ちをまわりに伝えることもためらっていた。そんなとき、あなたのお母さんがメールをくれたの。あなたがお腹にいることを教えてくれた。私は、災害のあと、とても久しぶりに、幸せな気持ちになれた。
未来には、楽しみにすべきことがあるって思い出させてくれた。
あなたという存在が、未来で輝いて待っているように感じた。
だから私は、あなたにずっと、お礼を言いたかったの。
ありがとう、ハンナ。
ありがとう、エスペランサ。
いまでも私は、毎年3月11日に、あのメールを思いだす。そして、一度も会ったことのない彼女の誕生日を、毎年SNS越しに祝っている。ビビアンは毎年、とても凝ったケーキを作って娘の誕生日を祝っている。私がいいねボタンを押すときに、とても特別な気持ちで押しているのを、ビビアンもハンナも知らない。
ちなみにビビアンは、ベローナで市民権を回復することに失敗している。ベローナの行政地区の変更によって、現在のベローナと過去にベローナだった場所が違っていて、曾祖父の住民票を探しだすことが出来なかったのだ。
しかしビビアンは、ヨーロッパを転々としながら、学生ビザ、就業ビザとビザの更新を続け、ハンナを生んだことで永住権を得たのだ。
そういう意味でも、ハンナは希望の子どもである。
二人はいま、スウェーデンに住んでいる。
いつかまた旅行が出来る日が来たら、スウェーデンまで会いに行きたいと思っている。
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