第4回:クリトリスの話(Chihiro@Chichisoze)

 日常的に外国人に接していると、教科書を使って勉強しているだけではなかなか覚えられない、生活の中で使う単語や表現に出会うことがある。そういう表現の中で、私がいちばん好きなのは冷蔵庫の「野菜室(bac à légumes)」だ。どうしてそんな話の流れになったのかはもう忘れてしまったけれど、当時まだ付き合い始めたばかりだったフランス人の夫が教えてくれた。日本語では「室」と言うけれど、フランス語では「bac(桶)」なのだ。 

 そして、その夫と、このたび離婚することになった。出会ってから7年、結婚してから4年が経っていた。奇妙なユーモアの持ち主の夫は、私たちのつき合いを振り返って「最初の7年はよかったね」と言った。私は泣いた。もう自分でも結婚生活を続ける意志はないのに、それでも悲しかった。

 大学の指導教官に言われたことを思い出す。研究をやめて就職をしようとしていた時だったと思う。「何をしても茨の道だから好きなことをやりなさい」と言われた。結婚生活を続けても別れても、どちらを選んでも茨の道だろう。だったら、それぞれがやりたいことをやれる方が、お互いのためのような気がしている。 


 さあ、湿っぽくなってしまったけれど、気を取り直して読書日記だ。今回でこの連載も4回目。4回目と言えばそろそろマンネリが心配だ。 

 何度も反芻しているうちに、自分で思いついたことなのか、人の言ったことなのか、だんだんわからなくなってくるフレーズというのがある。私の場合、それは「人生に大切なことはすべて映画『スクリーム2』のトレイラーから学んだ」というものだ。私はこのフレーズを、絶対に、かつてどこかで目にしたことがあるのだけど、どこだったのかどうしても思い出せない。 

 そのトレイラーの中では確か、映画マニアの男の子がホラー映画の法則について話していて、マンネリになったらエロ要素を追加、とかなんとか言っていた*。 

 そうだ、エロだ。そういうわけで、今回はマンネリ打開策として、エロというかセックス方面に大きく舵を切って、ムッシューとマダムがニャニャニャ、みたいな話をしようと思う。 

 ニャニャニャ!!!


 とはいえ、ムッシューの出番はあまりない。なぜなら、今回とりあげたいのはクリトリスの話だから!!!!!! 


 ニャニャニャ!!! 


1、ジャン=クロード・ピカール『クリトリスの途方もない物語』(Jean-Claude Piquard, La fabuleuse histoire du clitoris, H&O, 2012)  


 ジャン=クロード・ピカールは、フランスの性科学者。学生時代に医学教育でクリトリスが全く扱われていないことに気がついたことがきっかけで、クリトリスの歴史を研究するようになった。本書ではその研究成果が、多数の図版を引用しながら一般向けにわかりやすくまとめられている。 

 最近まで私は、最新の科学でクリトリスがどう論じられているかなんて考えたこともなかったし、歴史的にクリトリスの意味づけが変わってきたことも全然知らなかった。考えてみれば、クリトリスについて学校できちんと習ったこともなかった気がする。しかも、そのことを特に疑問にも思っていなかった。

 学校の性教育では、卵巣がどうとか子宮がどうとか生殖に関する知識は教えられる。でも、生殖に直接関係がないクリトリスは、快楽についての話を抜きに語ることができなくて、だからタブー感が強いのだろう、きちんと教えられた覚えがない。 

 みんなが平等に正確な知識にアクセスできるようにするには、教育の枠組みで扱う以外に方法がないのに、クリトリスというか女性の外性器に関しては全然それをやっていないのだ。 


 こうした状況は、フランスでもあまり変わらないようで、本書では第1章でそのことを示す象徴的な研究が紹介されている。 

 2009年、アニー・ソティヴェというアーティストが「10代前半の若者の性に関する知識・表象・実践の現状」という調査を発表した(ピカールのウェブ・サイトで公開されている)。ソティヴェは若者のセクシャリティについて調査するために、ある中学校の生徒に性器の絵を描かせ、各部の名前を選ばせるアンケート調査を行った。 

 調査は13歳の学年6クラスと14歳の学年6クラスの合計12クラス、316人を対象にして無記名で行われた。1校のみでの実施だが、同僚の助けを借りて他校で行った場合でも結果は同じだったという。 

 その結果、男性器については男女とも、80%の生徒が「正しく」あるいは「十分に正しく」描くことができたのに対し、女性の外性器に関しては、正しく描けたのは男子の28%、女子の16%にすぎなかった。男子のおよそ4人に1人、女子は6人に1人の割合だ。 

14歳の女子が描いた女性器(左)と男性器(右) 女性器のキャプションは上から「膣、処女膜、大陰唇、尿道口、小陰唇、クリトリス」とあり、自分が描いたデッサンと対応する部位を線でつないで示すようになっている。男性器のキャプションは上から「睾丸、ペニス、亀頭、尿道口」。
14歳女子による女性器と男性器。女性器は描けていない。
14歳女子と13歳男子による女性器と男性器。正しく描けた例。


 フランス語では、大陰唇は「grandes lèvres(大きい唇)」、小陰唇は「petites lèvres(小さい唇)」というのだが、全く知識のない生徒は文字通り唇の絵を描いている。 

13歳女子、唇の絵を描いている。


 クリトリスの場所を正しく描くことができたのは、13歳女子の5%、14歳女子の18%だけだった。また、「あなたにはクリトリスがありますか」という質問に対し、62%の女子(13歳で49%、14歳で76%)が「ある」と言い、30%が無回答、8%は「ない」と答えている。さらに「クリトリスの機能はなんですか」という質問に対し、女性が快感を得るための器官だと正しく答えられたのは13歳女子の16%、14歳女子の35%だった。 

 このアンケートは最後に自由記述欄があり、「恥ずかしい」とか「ゲエッ」という感想にまじって、生徒たちのもっと知りたいという気持ちがみてとれたという(「こういうことについては話さないけど、興味がある。でも何も知らない」など)。 

 ピカールはこの章を出発点にして、クリトリスに関する情報が正しく行き渡っておらず、隠されているのはなぜなのかを解明するために、2章以降で古代から現代までのクリトリスの歴史をたどっていく。 

 そして、その歴史の部分をとてもかわいいアニメーションにまとめたのが、次に紹介するロリ・マレパール=トラヴェルシーの『クリトリス』だ。 


2、ロリ・マレパール=トラヴェルシー『クリトリス』(Lori Malépart-Traversy, Clitoris) 


 ロリ・マレパール=トラヴェルシーはカナダのモントリオール出身の女性アニメーション作家。上記『クリトリスの途方もない物語』を読み、2016年に『クリトリス』というドキュメンタリーアニメーションを発表した。 

 この作品はとにかくかわいくてスタイリッシュなのだけど、クリトリス関係の知識がとてもよくまとめられている。ビデオはフランス語で、英語の字幕つき。 



 ざっと訳すと、こんなような内容。 


 女性はラッキー。だって、女性には人体の中で唯一快楽のためだけに存在する器官「クリトリス」があるから。 
 目で見ることのできる小さな先端部分は、実はクリトリスの亀頭。氷山のように、一番大きな部分は体内に隠れていて、長さ10㎝の2本の根が両側に伸びている。女性が膣オーガズムに達することができるのは、この根のおかげ。クリトリスは小さなペニスみたいなもので、興奮すると充血して大きくなる。でも、ペニスよりくすぐったがり。 
 クリトリスは男性たちに、何度も発見され、再発見されてきた。古代には知られていたのに、イタリアの外科医レアルド・コロンボが正式にクリトリスを発見したのは1559年になってから。その2年後には、別の男が自分こそクリトリスの発見者だと主張する。その後、クリトリスはしばしば忘れられ、本の中でも間違って描かれてきた。 
 多くの男性がクリトリスと女性のオーガズムについて議論した。古代ギリシアと中世ではオーガズムは妊娠のために推奨されていた。19世紀までカトリック教会は、オーガズムを感じることで性的緊張をほぐすよう、女性たちにすすめてさえいた。けれど19世紀になると、医者たちがオーガズムはヒステリーなど女性の病気の原因になると主張し、クリトリスはまったく役に立たない器官であると決めつけた。 
 そののち、クリトリスの宿敵フロイトが膣オーガズムというコンセプトを発明する。そして、成熟した女性は男性器の挿入によってオーガズムに達さなくてはならないと宣言した。こうしてクリトリスの暗黒時代が始まる。 
 今日でもクリトリスは日陰の存在だ。クリトリスへの愛撫はしばしば単なる前戯とみなされる。クリトリスは愛されたいだけなのに。それに、せっかく快楽のためだけにあるのだから、使ってみたらどう? 


 最近、こんなふうにクリトリスが見直されて、ちょっとしたブームになっている。それはやっぱりフェミニズムの大きな流れの中で、男性の快楽中心の従来のセックスのあり方が見直されるようになったことと関係があると思う。 

 クリトリスは男性のペニスがなくても女性が快楽を得られる器官で、それゆえ家父長制の中では存在を無視されてきたし、フロイト以降、クリトリスオーガズムは膣オーガズムに比べて未熟なものとみなされてきた。 

 そうしたことへの批判がポップカルチャーやアートを通じて表現されているのが、最近の状況なのかなと思う。 


3、アレクサンドラ・ユバン、カロリーヌ・ミシェル『クリトリス革命』(Alexandra Hubin, Caroline Miche, Entre mes lèvres, mon clitoris : Confidence d'un organe mystérieux, Groupe Eyrolles, 2018)  


 そして最近、ようやく日本語で読めるクリトリスについての本が出版された。『クリトリス革命』(永田千奈訳、太田出版)だ。

 もとはフランス語の本で、フランス語版の装画は『クリトリス』のアニメを作ったマレパール=トラヴェルシーが担当している。 

 著者は、性科学者アレクサンドラ・ユバンとフリーランスジャーナリストのカロリーヌ・ミシェルというふたりの女性。クリトリスにまつわる最近の研究成果や実践的なアドバイスを紹介している。性の話題は人によってとらえ方も違うし、つねにとてもセンシティブなものだけど、友達に語りかけるような語り口で、しかも真摯に書かれているので、誰にでも読みやすい本じゃないかと思う。女性誌のセックス特集を読んだ思い出みたいな、女性のちょっと恥ずかしい共通体験が肯定的に描かれているのもよかった。 

 類書とは違って、歴史や事実の記述だけでなく、どうやってポジティブに自分の性と向き合うかについても、かなりのページが割かれているのが特徴だ。実践的なアドバイスもあるけれど、ハウツー本ではないのであまりに生々しい記述や、変な図解はなく、どちらかというと心がまえが中心。 

 もちろん、クリトリスに関する近年の研究成果も詳しく、わかりやすく紹介されている。特に第2章「クリトリスの復活」では、1953年の『キンゼイ報告』(膣よりもクリトリスの方が敏感と発表)から、マスターズ&ジョンソンの研究(女性のオーガズムはすべてクリトリス由来と特定)、アン・コート「膣オーガズムの神話」(1968年。マスターズ&ジョンソンの研究結果をフェミニズムの視点から再解釈。女性の快楽が軽んじられてきたことを批判)、シェア・ハイト『ハイト・リポート』(1976年。3000人の女性のデータに基づき、クリトリスこそ女性の快楽の中心と結論づける)、ヘレン・オコネルのMRI画像(1998年。クリトリスの解剖学的構造を解明)、オディール・ビュイッソンとピエール・フォルデスのエコー画像(2008年。オコネルの発見を確認)に至るまで、20世紀後半以降の重要な発見がコンパクトにまとめられていて必読だ。日本語で読める本なのでぜひ読んでみてほしい。 


 性の話題は好き嫌いもあるだろうけど、クリトリスについてはあまりにも知られていないことが多いので、今回取り上げてみた。こっそり読んでもらえたら嬉しい。 


ニャニャニャ… 



※この日記を書き終えた後で『スクリーム2』のトレイラーに関してファクトチェックを行ったところ、エロ云々なんてことは一言も言っていなかったことが判明した。 

私が勘違いしたシーンは1:06あたりから。 


Chihiro@Chichisoze

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