女三十、厄祓いの旅(兼桝綾)

 三十になって私がやったことといえば、放置していた虫歯の治療と厄祓いである。厄祓いに行きたいという気持ちは今年の初詣でうまれた。とにかく正月の地元の神社というのは、アラサーの不安を煽る罪深いスポットだが(厄年、お御籤、子連れの旧友との不意の再会)、わたくしも女の三十一(数え)は前厄、と書かれた看板の前で立ちすくみ、した方がええんか? 厄祓い……という気になって、この三月、親しくしている女三人連れ立って、熊本に、厄祓いの旅に出たのである。なぜ熊本かというと、我々三人はサウナと風呂を愛する心でつながっており、熊本には湯らっくすという世界最深の水風呂つきの入浴施設があるからで、つまり、これは「女三人、湯けむりの旅」でもあるわけだ。


 熊本まではジェットスターで約6000円だった。安すぎる。しかし初めて行った成田空港第三ターミナルの仮設っぽさはすさまじく、「貧乏人はパネルとシートに囲まれて、フードコードで溜まってろ!」ということなのか……と思った。だが安いのは大感謝、フードコートのうどんも美味いし、すべて世は事もなし、ジェットスター万歳! という気分ですぐ浮かれ、テラコッタ色の薄手のセーターを着た友人(以下、おちさんと呼ぶ)を、ジェットスター色じゃん、と褒めてみたが嬉しくはなさそうだった。機内では「木次バスチャライズ牛乳」を飲みながら小説『ショウコの微笑』を読んだ。牛乳は、旅の間に消費期限がきてしまうので、冷蔵庫から持ってきたのである。


 飛行機の中で女三人、並んで感慨深かった、我々三人は、自意識もおぼつかなかないハタチそこらからの友人であるが、三人が三人とも、ここまで生き延びるにはたくさんの困難があった。「生き延びる」というのは大げさな話ではなくて、あの時誰かが助けてくれなかったら、あるいは少し運がわるかったら、もっと深刻な状況に陥っていただろうという、人生のタイミングは何度もあった。そんななかで引っ越したり別れたり職を変えたり猫を飼ったり(これは私である)しながら、三人それぞれが、旅行が出来る状態にあるというのは、ともかく喜ばしいことだった。


 空港からは車を借りて友人(以下、きぬちゃんと呼ぶ)が運転した。道路の脇の木々が東京とは違い、早速テンションがあがる。その日は熊本市現代美術館に行き、うまい飯を食い、ちゃっかり市内の銭湯、大福湯にも行った。大福湯は三種のサウナと九種の湯!とのふれこみであったが、広いとはいえない場内に湯とサウナが計画性を疑う配置でごちゃついており、独自の進化を感じた。水風呂はやわらかくしっかり深さもあり、また長時間つかれる38度の湯も良かった。そして熊本の夜はふける。事前にきぬちゃんが探してくれた市内のホテルはシンプルで快適、余計な情報の入ってこないつくりで、前日までこれは行けないかもと思うほどの仕事ぶりだった私は(いつもこうだ)、翌日の予定調整を二人に任せ、「ごめん…ごめん…」と謝りつつ爆睡してしまった。




ーー次回、ヤバイ神社編につづく。


兼桝綾

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