ラスベガス立ち寄り記(イシイシンペイ)

 ラスベガスに行ってきた。酔狂である。夏休みの旅行を計画したときに、ラスベガス空港から飛ぶ飛行機が安かったのだ。ロサンゼルス中心部から長距離バスでひたすら砂漠の中を5時間ほど揺られるとラスベガスだ。広大な荒野から突然、巨大なホテル群がにょきにょき立ち上がっている。あたりの気温は40度超、全てがカラカラに乾いている。こんなところで人間が暮らせるとはとても思えないが、聞きしに勝る不自然さで、街がそこにある。若干の興味をひかれたが、時間がないのでマッカラン国際空港に直行し、旅行先へ飛び立った。離陸したときには日が暮れていて、上空から見下ろすと、街の中心がピンクと金色に明滅していた。

 1週間よその国で遊んで帰ってきても、相変わらずラスベガスは灼熱だった。高速バスの時間の関係で、ここで一昼夜過ごさなければならない。とりあえずバスとモノレールを乗り継いで予約しておいたホテルに向かう。リゾートの労働者も使うためか、公共交通機関は非常に安い。ハリボテと電飾に覆われた街の中で、モノレールの駅だけがコンクリートむき出しにひっそりしている。

 モノレールを降りて、なんだか裏口じみた入り口から巨大な建物に入る。閑散としたピザ屋やジュース屋の間を、短パン姿の観光客がうろうろしている。バブル期にできた日本の温泉リゾートのような雰囲気だ。大きなかばんと足早に歩く私、少々浮いている。しばらく進むとスロットマシンが林立する広間に出た。暗赤色の絨毯。ペカペカ光る機械の前で、生気のない人たちがくわえ煙草で座っている。大きなホテルの地上階はカジノになっていると聞いていたが、ともかく広い。広すぎる。私は部屋にチェックインしたいだけなのだ。矢印に従って10分ほど歩かされ、ほど良くイライラしてきた頃ようやく宿泊受付に着いた。チェックインは機械式。ATMのような画面に予約番号を打ち込むと、ペッとカードキーが吐き出される。身も蓋もなし。そこからさらに迷って長い廊下を歩き、部屋に入った頃には好奇心もすっかり萎えていた。

 日が暮れるのを待って食事に出た。泊まったホテルは「ストリップ」と呼ばれる目抜き通りに面しており、エッフェル塔のレプリカや超巨大な噴水がそびえ立っている。飛行機の窓から見下ろした不夜城である。地べたではおじさんたちがせっせとピンクチラシを配っている。私は幼く見えたのか、金持ってなさそうだったのか、もらえなかった。

 どうにも、目の前に広がるおもちゃ箱をひっくり返したような世界の必然性がまったく分からない。ロサンゼルスに到着した日もこういう白々しさは感じたけど、ラスベガスの人工的な感じは桁違いだ。お、俺この場所に関係ねえ〜…と思いながら適当にメシを食事を済ませた。適当にと言っても、ちょっと食事に行くだけでスロットマシンとゲーム卓の間を延々と歩かされる。ギャンブルには前から興味があったはずだが、どうも自分がそれをやっている姿が想像できない。素通りしてしまった。

 ラスベガスについて周りの何人かに聞いてみると「もちろん変な街だけど、色んなエンタテイメントがあって楽しい」という答えが多い。グランドキャニオンなど、大自然への前線基地だという声もあった。私も誰かと一緒にいたら、この街とも何らかの関係を取り結べたのかもしれない。違う形でまた訪れることもあるだろうから、初見の違和感についてはこのへんにする。あと、2日目の朝のことだけ書いておきたい。

 ギャンブルにもダンスクラブにもショッピングにも食べ放題のビュッフェにも興味がなかった私にも、ひとつだけ、行ってみようかと思っていた場所があった。観光地の真ん中から少し離れた、とある空き地だ。

 今からおよそ2年前、ここで史上最悪の銃乱射事件が起きた。2017年10月1日のことだ。私が転勤でロサンゼルスに到着したのはその翌朝。夜行便で到着し、空港のWi-fiでスマートフォンをつなぐと「ラスベガスで乱射、死傷者多数」のニュースが飛び込んできた。アメリカ社会からの強烈な先制パンチだった。

 その日はその広場で音楽フェスが行われており、たくさんの人が集まっていた。犯人は少し離れた高層ホテルの窓からそこに狙いをつけ、改造銃で何千発も撃ちまくった挙げ句に自殺した。死者58名、銃による負傷者422名に加えパニックによる転倒などでさらに数百名の負傷者が報道されている。犯人が何も手がかりを残さず死亡したため、動機は未だ解明されていない。

 渡米初日というのに日本の家族から「大丈夫?」とメールをもらう事態になり、「ラスベガスとロサンゼルスは離れてるから大丈夫だよ〜」と返したが、もちろん「大丈夫」なんてことは誰にも保証できない。それから2年経つ今も、アメリカでは1日に1件以上のペースで銃乱射事件が続いている。現場は学校が圧倒的に多いものの、それに限らずショッピングモールだったり誕生日パーティーをやっているレストランだったり閑静な住宅街だったり、する。リスクは人のいる場所すべてに偏在している。いたずらに恐がっても生活が成り立たないのであまり考えないようにしているが、「明日は我が身」という気持ちはいつも意識の裏に貼り付いている。

 今回せっかくラスベガスに来たからには、アメリカにいる限り逃れることのできないこのうっすらとした不安を私に植え付けた、その現場に立ってみようと思った。知っている人が亡くなったわけでもないし、犯人に共感したわけでもないし、ただ発生日が自分の渡米と重なっていたというだけだが、「そこ」が今どうなっているかに興味があった。帰りのバスが出るまで数時間、よく知らないゲームにカネを溶かしてみるよりは、少しだけ意味があると思った。

 殺風景なホテルの部屋で目が覚めると朝である。朝っぱらからスロットマシンに向かっている人がいるのには驚いたが、外に出てみると人影はまばらだ。昨夜の喧騒が嘘のよう、地面に散りばめられたピンクチラシも綺麗さっぱり掃除されている。銃撃現場を見に行くとき、人通りが少ないに越したことはない。気温が高くならないうちに出かけることにした。

 ウィキペディアとグーグルマップであたりを付けておいた場所はホテルから30分ほど。朝は涼しいとはいえ30度を超えているのでひたすら喉が渇く。こんなところをまっすぐ歩いて移動する人間はいないのだろう。歩道橋で大回りしなければならない箇所が続く。進行方向のずっと先に犯人が銃を構えた巨大なホテルが立ちはだかっている。なかなか近くならなくて参った。


 ここで熱中症になったら誰にも気づかれないな、と思い始めた頃どうやらたどり着いた。件の空き地は進行方向左手だ。ブロック塀と金網で二重に囲われていて、中を見渡すことはできない。網の切れ目から覗き見ると、何もないアスファルト舗装がずっと向こうまで広がっている。意味のあるものといえばわずかに看板がふたつ立っているだけだ。「私有地につき立入禁止」と「貸部屋あり」。あの空間の真ん中に立って、あのビルからマシンガンで掃射されるってどういうことだろうか?考えようとしても、想像の手がかりになるようなものが何もない。

 あまりに何もないので「何もないなあ」と思いながら3分くらい立ち尽くしてみたけど、やっぱり何もなかった。史上最悪の銃乱射事件の現場は、2年後の今、何もないことに徹していた。まるで何もなかったかのように。



 「犯行現場」となった金ピカホテルとその中のカジノは、事件翌日から通常営業に復帰したそうである。

イシイシンペイ


0コメント

  • 1000 / 1000