塩と胡麻(野田まりえ)
上司に塩をもらった。
名刺大のジップロックで二重に包まれた、ややピンクがかった白い粉をそっと手渡され、「病みつきになるよ」と言われたときは、覚醒剤かと思った。
なんてことはない。モンゴル土産の岩塩だった。
しかし、「病みつきになる」は本当だった。
いままで食べたなかで最も美味しい塩で、えぐみや苦みが全くなく、塩だけをなめても「しょっぱい」と感じない丸みがある。この塩を使うと、なんでも美味しくなる。特に、ポトフのようなシンプルな料理に使うと、とても良いものが身体に沁み込んでいくのを強く感じることができる。
この美味しさをいろんな人と共有したいと思ったが、名刺大のジップロック1袋分である。人に配るほどの量ではない。
結局、一人で大事に使っている。
別の人から胡麻をもらった。国産の金ゴマである。これまた、名刺大のジップロックに入れられていた。
仕事の関係で私が胡麻について調べているのを知り、美味しい胡麻を手に入れたからと分けてくれたのだ。
日本は国内で消費される胡麻の99%を輸入に頼っているため、国産の胡麻はレアである。入手困難、というほどではないが、流通している量は少ない。国内の胡麻の産地としては鹿児島県喜界島が有名だが、その他の県でも少量ながら胡麻は栽培されている。
いただいた胡麻は埼玉の胡麻だった。
モンゴルの塩と埼玉の胡麻で、ゴマ塩を作った。
塩と胡麻を混ぜるだけでもゴマ塩はできるが、塩水と胡麻を合わせて炒る方法もあり、そのほうが塩と胡麻がよく馴染むし、胡麻も香ばしくなり、美味しい。
モンゴルと埼玉。夢のコラボである。
山と山は出会えないが、人と人は出会うもの。
私が好きな、スワヒリ語のことわざだ。
そして、食べ物と食べ物も、人の手を介して出会う。
馬駆ける大草原が海だったその昔から、気が遠くなるような時間をかけてできた岩塩が、掘り起こされ、砕かれ、袋詰めされ、日本から出張に来た私の上司に買われ、飛行機に乗って、私のもとへ運ばれてきた。
機械化が難しく、収穫に多くの人手が必要なことから、日本ではあまり栽培されていない胡麻が、なぜか埼玉で栽培され、私のもとへやってきた。 どちらも、小さなジップロックに入れられて。
私は、食べ物の出身地が気になって仕方ない性質だ。
特定の産地のものにこだわっているということではなく、「あぁ、このタコはモーリタニア人が捕ったのか」とか、「このマンゴーはタイ人が収穫したのか」とか考えるだけで、嬉しくなるのだ。
モンゴル人が羊を塩茹でしているところを想像する。
彼は想像もしないだろう。同じ薄ピンク色の塩が、胡麻とブレンドされ、炊いた米に混ぜられて、なぜか三角形に握られているところなど。そんなことを考えるだけで、なんだか嬉しいのだ。
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