とにかく競技人口が少ないPedal Steel Guitarの世界(Ryoshiro Sasaki)
私はスポーツというものをほとんど嗜まないので、どうも詳しいことはわからないのですが、スポーツの世界にはマイナースポーツというのが数多くあるそうです。
マイナースポーツでも、オリンピック競技にえらばれていたりしていて、「近代五種競技」というのがあるというのをロンドン五輪の際に知りました。「近代五種競技」といのは、射撃・フェンシング・水泳・馬術・ランニングを一気に一人でこなしてしまう競技だそうです。なにも、そんなに一緒にやらなくてもいいような気もしますが、一人でそれだけ出来れば、今の世界で生きていくのに何の苦労もなくなるような、なんとなくそういう印象を受けます。
「近代五種競技」は極端な例ですが、セパタクローだとかなんだとか、世の中には名前だけ聞いたことはあっても、テレビでも観戦したことのないようなスポーツが、色々とあるようです。
クリケット、という競技も日本では馴染みのないスポーツですが、これが、イギリスやらイギリスの元植民地のオーストラリアやらでは盛んにやっております。私が高校時代オーストラリアにホームステイしていた頃、あっちのテレビではクリケットをしょっちゅう中継しておりまして、見たい番組があってテレビをつけてみるとクリケットの中継が長引いていて、見たい番組がやっていないなんていうこともよくありました。クリケットというのは一試合が長くて、試合を通して観戦したことはありませんが、どうも一日中やっているかのような印象を受けました。
クリケットの詳しいルールは知りませんが、オーストラリアの高校の体育の時間に何度かやったことがあります。野球みたいに、ピッチャーみたいな方がボールを投げて、バットのようなものでそれを打って、打ったらポールとポールの間を走って、点数を競ったような気がしますが、いかんせん言葉もちんぷんかんぷんでしたから、競技のルールはもちろん、競技に使う道具の名前も全くわからず仕舞いでした。それでも、バットのようなものを振って、走って、汗をかいて、やれ勝った、やれ負けたといって喜んでいたのですから、なんとも牧歌的な高校時代でした。
楽器の世界にも、マイナースポーツのようなものがあります。いや、この場合スポーツではないですが、とにかく競技人口が少ない種目というのがあります。スポーツでいうクリケットのような位置付けの楽器としてはバグパイプ。あれはスコットランドの楽器でしょうか。007の映画なんかを見ておりますと、時々登場します。あれなんかは、現物こそ見たことはないかもしれませんが、日本のお茶の間でもおなじみの楽器です。なんでも、あれはとにかく演奏が難しいそうで、私の親戚筋の友人というのがバグパイプを嗜むそうなんですが、生演奏を一度聞いてみたい気がします。バグパイプの演奏というのを聴いて、素人でも上手い下手がわかるもんなのか全くわかりませんが、一度でいいから一流どころのプロの演奏というのも聞いてみたいです。
バグパイプなんかは、まだまだメジャーな楽器と言えるのではないでしょうか。なにせ、テレビや絵本で何度か見たことがあるという方も相当数いますから。
先月のことですが、私の書斎に一台、競技人口の少ない楽器を迎え入れました。ペダルスチールギターです。
ペダルスチールギター。なんだか聞いたことがあるようで、聞いたことのないような楽器です。名前ぐらいはご存知の方も多いかもしれません。音も、CDになっている演奏を聴いてみたら、「ああ、これか」というような楽器です。
しかし、実際のペダルスチールギターがどんな楽器かまじまじとご覧になったことがある方はあまりいないかもしれません。
それもそのはず、このペダルスチールギターという楽器、カントリーミュージックにしか使いません。いや、正確にはカントリー以外でも使われているのですが、ペダルスチールギターが登場する音楽の9割9分9厘はカントリーミュージックです。
ペダルスチールギターの用いられている曲でおそらく一番有名なのは、カーペンターズの歌った「Jambalaya」でしょうか。カーペンターズが歌っているといっても、カントリーテイストの曲です(オリジナルはハンク・ウイリアムスの歌うカントリーの曲です)。
この「Jambalaya」に出てくるペダルスチールギターの演奏はバディー・エモンズという人による演奏なのですが、この人こそ、ペダルスチールギターを完成させたプレーヤーで、世界で最も有名なペダルスチールギター奏者です。カーペンターズがこの曲をリリースしたのが1973年ですから、そのことからもわかるようにこの楽器の歴史はそれほど古くはありません。1950年代に登場した楽器です。50年代に登場して、60年代頃から、このバディー・エモンズという人が約40年以上リードし続け発展させた楽器です。
それほど歴史は古くない楽器ですが、今日ではペダルスチールギターはカントリーミュージックに欠かせない楽器です。逆に、ペダルスチールギターが入っていると、どんなバンドで、どんな音楽を奏でてもどこかカントリーテイストが漂ってきます。まさにカントリーミュージックとは切っても切れない関係の楽器です。
先ほどペダルスチールギターの歴史は浅いと申し上げましたが、この楽器の源流は19世紀のハワイにさかのぼることができます。原型は普通のギターです。ギターは本来左手でフレットを押さえて、右手で弦を弾いて演奏しますが、ふとした拍子に、このギターを抱えるのではなく、横に鳴かせて、左手には金属の棒やらナイフを握って弦の上をスライドさせ音程をとり、右手で弦を弾いて演奏するというスタイルが生み出されました。この奏法が浸透し、演奏しやすいように改造されたギターが登場します。スチールギターという楽器の発祥です。これが、たいそう流行り1930年代には数多くのスチールギター(ハワイアンギター)奏者が出てきます。
アメリカ本土でのハワイアンミュージックブームに乗ってこのスチールギターがアメリカ本土でも演奏されるようになります。はじめは普通のアコースティックギターを横にして弾いていましたが、大音量が求められるようになり、様々な工夫がされるようになり、ついにエレクトリック化されます。世界初のエレキギターはスチールギターでした。なぜ、それまでに大音量を求められたかというと、スチールギターはバンドのリードパートを担っていたからです。普通のギターよりも、スチールギターが主役だった時代があったのです。
大音量を出せるようになり、すぐにスチールギターはハワイアンだけでなく、当時流行のカントリーミュージックにも用いられるようになります。カントリーミュージックではハワイアンミュージックよりも複雑なコードが出てきますので、スチールギター奏者はそれぞれ独自のチューニングを開発します。ハワイアンミュージックでは通常6弦のスチールギターが用いられますが、カントリーミュージックに用いられるようになり、より多様な和音に対応するために6弦から8弦に変わります。
40年代から50年代までに登場したスチールギター奏者は皆それぞれ独自のチューニングで演奏しており、レコードを聴いていても、一体この人はどんなチューニングにしたらこんなコードを鳴らせるのかと感心させられることがしばしばです。余談ですが、50年代までのスタイルを今に貫いて演奏しているスチールギター奏者は、後述する「ペダル」の付いていないスチールギター(ラップスチールギターと呼んだりします)を今でも演奏し、ラーメン屋の秘伝のスープのように、演奏者それぞれが秘伝のチューニングを持っています。
50年代の途中で、ペダルを踏むことでスチールギターのチューニングを変えることができる楽器が発明されます。ペダルスチールギターです。出始めた頃は、すべてのペダルスチールギターはオーダーメイドでしたから、ペダルを踏むことでチューニングが変わるメカニズムも、どの弦のチューニングをどれだけ変えるかもまちまちでした。このメカニズムとチューニングをある程度標準化したプレーヤーでありペダルスチールギター製作家こそが、先に述べたバディー・エモンズです。
以上が、ペダルスチールギターの簡単な歴史ですが、歴史が古くないわりに完成度の高い楽器です。カントリーミュージックだけを演奏させておくには勿体無い楽器です。
バディー・エモンズが(ある程度)標準化したペダルスチールギターは10弦の楽器です。チューニングは大きく分けてE9thチューニングとC6thチューニングという二つあるのですが、10本の弦とこの二つのチューニングとペダルとニーレバー(膝で操作しチューニングを変える装置)とで、ありとあらゆる和音を鳴らすことができます。中には特注で上記の2つのチューニングを同時に使い分けできる12弦の楽器もありますが、まあ、10本も弦があれば大抵の曲に出てくるコードには対応できます。
私がこの度書斎に迎え入れました楽器は、10弦のネックが2連になっておりまして(俗にダブルネックと呼びます)E9thチューニングとC6thチューニングの両方が一台でこなせてしまうという一台です。ペダルスチールギターは2台目なのですが、ダブルネックを手に入れて、さらに表現の可能性が広がりました。
楽器が揃ったのは良かったのですが、どうもこの楽器、先ほど申し上げましたように、いかんせん競技人口が少ないもんで、教則本の類はほとんど出ておりません。E9thチューニングの教則本は何冊か出ているのですが、C6thに関して言えば皆無!!一体どのペダルを踏んだらどの弦のチューニングがどう変わるのか、全くと言っていいほど情報が見当たりません。インターネットを探して、やっといくつか情報を見つけましたが、それでも、どのペダルを踏むとどういう和音がなるのかは、自分の耳とコード理論を頼りに探っていくしかありません。仕方がないので、もっぱらE9thチューニングの方のネックばかり使い練習しております。
ペダルスチールギターの世界で、ダブルネックのうちE9thチューニングのネックはギャラを稼ぐためのネック、C6thチューニングの方のネックは楽しみのためのネックと呼ばれております。私は、とりあえず、もっぱらギャラを稼ぐための方のネックを用いて練習しています。
かつては、日本でもカントリーミュージックが流行ったことがあったらしく、ペダルスチールギター奏者も今よりもたくさんいたと聞きます。私の参加しているカントリーミュージックのバンドのリーダーもペダルスチールギター奏者でもうかれこれ70代ですが、かつては尾崎紀世彦のバンドで弾いたり、米軍キャンプで米軍相手にカントリーを演奏したりしていたそうです。日本のペダルスチールギター奏者の多くは彼と同じ世代か、もう少し上の世代の方々だということです。
国内にも1社だけ、Fuzzy(ファゼイと読みます)というペダルスチールギターのメーカーがありまして、私が持っている楽器もこのFuzzyのものです。一体、一年に何台売れているのかはわかりませんが、立川にそこそこちゃんとした工場もあるくらいですから、案外結構売れているのかもしれません。完全オーダーメイドで、中古のペダルスチールギターですら市場に滅多に出てくるものでもありませんが、果たしてFuzzyに後継者がいるのか心配なところではあります。もし、後継者不足で困っているのであれば、私でよければ働かせてほしいと思うぐらい心配です。もし、私が金持ちだったら、Fuzzyに自分好みの楽器をオーダーしまくるのに。
もう一つ気になっていることがありまして、このFuzzyのホームページ上で「The Japan Steel Guitar Associationの会員を随時募集している」と記載されているのですが、このThe Japan Steel Guitar Associationというのに私も入会してみたいと思うのですが、果たして私のようなズブの素人・初心者でも入会できるのかが知りたいのです。メールかファックスでもして質問してみるといいのかもしれませんが、スチールギターを演奏する人たちは、なんだかみんなベテラン揃いのようで、いきなり入会したいというのはどうも気が引けます。何にも弾けない私が「入会したい」なんておこがましいのではないだろうか。
マイナースポーツでも、「日本連盟」のようなのがあるじゃないですか。スブの素人がいきなり「日本連盟」に加入したいとか申し出るわけにもいかないのと同じで、このThe Japan Steel Guitar Associationの会員もどうも敷居が高い気がするのです。
しかし、ペダルスチールギターの未来を考えると、誰かが確実に伝統を引き継がなくてはいけない。プレーヤーの裾野は広い方がいい。それに、なによりも、もっとペダルスチールギターについて知りたい。
勇気を持って明日の一歩を踏み出すべきだろうか。
If I'm not back again this time tomorrow
Carry on,carry on,as if nothing really matters
という、クイーンの有名な節を背中の向こう側に聴きながら、私は今、ペダルスチールギターのルビコン川を渡るか渡るまいか悩んでいるところです。(2018/11/4)
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