インデペンデンス・デイ(イシイシンペイ)
日が暮れてからもう3時間ほど、街じゅうで炸裂音が絶え間なく響いている。今日7月4日はインデペンデンス・デイ、すなわちアメリカの独立記念日で、巷では「花火の日」ということになっている。各地で大きな花火大会が開かれるのに加え、自宅の庭で勝手に打ち上げて盛り上がる人が無数にいる。消防局が事前にCMまで作って「事前に認可されていない花火の打ち上げは違法です」と呼びかけているが、効果は見られない。数が多すぎてとても取り締まれないという感じだ。
この爆発音、アパートで一人じっと聞いていると、かなり神経に障る。率直なところ「戦場」を連想する。そこらじゅうで打ち上げているので、どの方角からどのタイミングで音が来るか分からない。遠くで地鳴りのようにドロドロ鳴っている音が不安を掻き立てるし、近隣の住宅地で数秒おきに上がるロケット花火の音にもいちいちビクッとせずにはいられない。テレビで見たイラクやシリアの様子と、コートジボワールの友人が話していた内線の惨状と、祖父母から聞く空襲の記憶と、様々なものが自分の感覚にオーバーラップして「今、ここ」の安定が揺らぐ。この何万発もの爆音の一つ一つ全てに誰かの生き死にがかかっているとしたら、なんと恐ろしいことだろう。そんな、想像できない領域に想いを巡らせる。
おそらく私もどこかのパーティーに混ざって目の前で打ち上げるのを見ていれば何の不安も覚えないはずだ。というか、とっても楽しいはずだ。こういうとき、この地に係累のない気楽な身分が仇となる。
よその国の祝祭気分に水を差す気は全然なく、家族・友人で楽しく過ごすことほど素晴らしいことはないのだが、毎年この日が来るたびにじっと耐えている人は私以外にもいると思われる。伝聞でしか「戦場」を知らない私とは違って、この国には実際に戦闘を経験した帰還兵がたくさん暮らしており、世界中から戦火を逃れてきた難民も多い。国内でもほぼ毎日どこかで銃器による殺傷事件が発生している。既に問題として認識されていないはずがないと思い、ためしに「花火 PTSD」と検索してみると案の定大量の情報がヒットした。トップに出てきたのは海兵隊員の互助組織による記事である。火薬の音に怯える人は上に書いたように軍人だけではないと思うが、ほとんどのネット情報が帰還兵のPTSDがいかに花火の音で呼び起こされるか、について書いているようだ。例外は「ペットの犬が怯えたときの対処法」くらい。この社会での「軍」の地位を示しているようで興味深い。
ともかく、気に入らないならこの期間はどこか山奥にでも逃げてしまえばいいのかもしれないが、今日は目が覚めたらもう昼で、だらだらしているうちにすぐ夜になった。去年も全く同じ流れで一日自室で過ごしており、全く学習能力というものがない。去年は初めての独立記念日でうわーすげー音と思ってしばらく耐えた後、いっそドンパチが売りの映画でもと思って「HEAT」を観たのだった。アル・パチーノとロバート・デ・ニーロがロサンゼルスの路上で派手に銃撃戦を繰り広げる作品で、内容はあまり覚えていないけどダウンタウンのよく知っている場所が使われていて嬉しかったのと、ふんだんな発砲音が花火の音を相殺してくれて大変よかった記憶がある。
まだ夜半過ぎまで狂った騒ぎは続くので、今年も何か光線をガンガン撃ち合う映画など観てやり過ごそうと思う。
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