テキサス自宅待機日記⑤(4月4日〜30日)(ヨシオ カサヤカ)




4月4日(土)

 米国政府の疾病予防管理センター(CDC)が、公共の場では感染対策としてマスクをつけたほうが良い、という見解を出した。この日から、スーパーに行く時はマスクをつけることにした。

 大学院の課題はあるものの、キャンパスで授業があり、図書館に行っていたときと違って全くはかどらない。時間を有意義に使わなくてはという強迫観念、今日も1日インターネットばかり見てしまったという罪悪感がすごい。とりあず、「少なくともこれだけはやっている」というものが欲しくて、Duolingoという無料の語学学習アプリでスペイン語をやることにした。1回5分くらいでできて、これがなかなか面白い。


4月5日(日)

 朝なんとなくテレビを見ていたら、全米で今、自宅待機の時間を利用して家庭菜園を始める人が急増中、というニュースが流れていた。アパート暮らしなので、「そりゃ庭がある人はいいけどさ……」という冷ややかな目で見てしまう。

 夜、公衆衛生局長官が、今後1週間は感染者数・死者数が増大し、パール・ハーバーや9・11テロと同じような、米国にとってつらく悲しい時期になる、と発言したというニュースを観る。私は、真珠湾攻撃と同時多発テロと、自然現象である感染症の爆発を比べるのってどうなんだろう…とすごく違和感があったが、その比較自体は、少なくとも米国の主流メデイアでは特に問題視する点ではないようだった。この発言がニュースになったのは、「今後1週間、もっと大変ですよ」という悲観的な見通しを政府関係者が公式に発表したからである。

 もし、政府の要人にイスラム教徒や日系アメリカ人のメンバーがもっといたのなら、彼も今日のように真珠湾や同時多発テロと感染症を並べて語らないのではないか、と思った。


4月6日(月)

 トイレットペーパーの残りがあと7ロールである。次の買い出しでそろそろ調達したい。


4月7日(火)

 失業保険の支払い申請フォームを至急提出してくださいというメール。至急というので先週作ったアカウントにすぐログインしたが、「あなたの申請日は水曜日です」という表示が出るのみだ。あまりにも失業保険の申請者が増えたので、アクセスの集中を防ぐために、郵便番号の下一桁で支払い申請の曜日を割り振っている、というニュースを思い出した。私のは水曜日にならないと手続きできないらしい。


4月8日(水)

 昨日、申請は水曜日とウェブサイトで見たので、もう一度ホームページにログインするも「System Unavailable」の表示だった。たぶん大勢の人が一度にアクセスしているからだろう。夕方6時ごろに試しても、同じ結果だった。夜11時過ぎにもう一度やってみると、今度は無事にアクセスできた。報告期間の間に収入があったか、新しい仕事に応募したかなど、所定の質問事項に答えて終わり。失業保険を受給するには、今後もこのフォームを出さなくてはいけない。


4月9日(木)

 夫にアカウントを作ってもらいNetflixの1ヶ月無料トライアルに入る。(自分のアカウントはすでに昨年無料トライアルを使い切ってしまった。)話題のドキュメンタリー番組「タイガー・キング」を観た。全7回なので、毎日の楽しみに少しずつと思っていたら結局6話目まで1日で観てしまった。


4月10日(金)

 トイレットペーパーを買いに行く。数週間ぶりに、スーパーの棚にトイレットペーパーがあるのを見てびっくりし、思わず写真を撮る。


 今まで見たことのないブランドの、1パッケージ4ロール入りの商品が並んでいる。普段このコーナーにある、各種大手銘柄のトイレットペーパーは相変わらず欠品していて、この商品一択である。どうやって調達してきたのか、スーパーの購買担当者の苦労に思いをはせつつ購入する。会計の際は、もう以前のように勝手にレジに並ぶことはできず、まず1箇所に並び、誘導係の店員さんが指示するレジカウンターに行くシステムになっていた。


4月11日(土)ー 4月29日(水)

 このあたりは、日付と曜日の感覚がなくなってきて、何日に何があったのかあまり覚えていない。週末にスーパーに行って1週間分の食料を買い出しするのが定例イベントになったくらいだ。

 配偶者と会話するか、犬に一方的に話しかける生活に慣れてきた一方、朝決まった時間に起きて出勤や通学し、職場やクラスで周りの人と会話をするという、つい1か月前までやっていたことを、世の中の動きが再開したときに再び自分ができるかどうか漠然と不安になってきた。

 特に、英語で人と話す力が後退した気がする。バイトが休業になり授業がオンラインになったのを機に、英語の母語話者と会話する頻度が、Zoom授業でのわずかなやり取りをのぞき、ほぼゼロになった。対面で言葉を交わす機会に至っては、この1か月、スーパーでレジの店員さんにマスク越しでThank youというくらいしかない。今後バイトが再開するとして、いきなり話しかけてくるお客さんに前のように対応できるかだろうか、秋学期から始まるインターンシップがこなせるのだろうか、と心配になる。

 この時期のもう一つの変化は、夜眠るときに見る夢で疲れるようになったことだ。文章にするととすごくおかしいけど、疲労感が残る夢を見て、いったん目がさめてもその疲れでまた1時間眠る、という日が多くなった。しかも、一晩で短い夢を複数見ることが増えた。外出しなくなり、パソコンや携帯の画面を見ることが増えたのが、睡眠に影響しているのは確かだが、原因はよくわからない。「パンデミックにあわせて奇妙な夢を見る人が増えた」というニュースの見出しをどこかで見たので、それに無意識に反応して自分の脳みそまで奇妙な夢を生産し始めたのかもしれない。

 アパートの外の世界では、4月の半ばごろ、最も感染者の多かったNYで、新規の病院収容者の数が落ち着き、ピークに達してきたらしい、というニュースがあった。

 そして、テキサスを含む複数の州で、自宅待機令の停止と経済再開を訴えるデモが発生するようになってきた。こうしたデモは、表向きは一般市民によるものとなっているが、実際は全米各地の保守団体や極右のネットワークが背景にあると報じられている防弾ベストにライフルという完全武装スタイルで参加する極右団体のメンバーもいる。

 授業で、クラスの誰かが「これが黒人主体のデモだったら、警察の取り締まりがもっと厳しいはずだ」と言っいてた。確かに、政府が勧告しているソーシャルデイスタンスやマスク着用を無視し、ライフルを掲げて大人数で集会して、こんなに大目に見られるのは白人だけだろう。一方、米国で今コロナウイルスで命の危険にさらされているのは、圧倒的に黒人とヒスパニック系の住民である


4月30日(木)

 今日の夜中11時59分をもってテキサス州の自宅待機令は終了する。明日から、レストランや小売店も、収容人数の制限はあるものの店内での営業が可能になる。バイト先のマネージャーから連絡があり、私の勤務先は少なくとも5月中旬までは再開を見合わせる、ということがわかった。


ヨシオ カサヤカ

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