テキサス自宅待機日記⑥(5月21日~6月1日)(ヨシオ カサヤカ)

前回(4月4日〜30日)はこちら


5月21日(木)

 ここのところ、気持ちは火曜日くらいなのに実際は木曜日になっている事が多い。それを繰り返しているうちにもう月末である。5月上旬は、今学期の最後の論文を提出するのに追われていた。前と比べたら、週末のアルバイトもなく、講義に出席するために大学へ行くこともなくなったから、その分時間に余裕ができそうなものだけれど、結局、期末の焦り具合は、前学期とあまり変わらなかった。

 先月と同様に、食料品の買い物と犬の散歩で公園などに行く以外にはほぼ外に出ない生活をしている。このパンデミックの以前から服装には無頓着なほうだったけれど、外で人に会う機会が減ってからは更にひどくなった。前は、外出前に歯を磨いて、歯磨き粉の白い飛沫がTシャツについてしまったら、とても焦って、別の服に着替えていた。今は、他人とすれ違ったとしても、どうせ2メートル以内の距離には近寄らないから見えないだろう、とたかをくくって、白い痕が微妙に残ったままで外に出ることがある。また、以前は灰色のTシャツと灰色のスエットパンツなど、上下同じ色の服を着るのは避けていた。今では、誰も見てないだろうとためらいなく上下灰色で外に出ている。


16ー17日ごろ

 自転車が盗まれた。正確にいつ盗まれたのかはわからない。

 週明けの月曜日の昼頃、ふとベランダをみたら、ずっとそこに置いておいた中古自転車が忽然と姿を消していた。チェーン式のカギでベランダの手すりに固定していたのだが、そのチェーンまでなくなっていた。地上階だから、盗もうと思えば結構簡単に盗めるのは確かだ。

 ダウンタウンから離れた住宅地で概して治安はいいと思っていたし、このエリアで盗難があるとしたら私の住む古くて狭いアパートではなくてもっと豪勢な邸宅を狙うだろうと勝手に油断していた。日中は、犬の散歩やウォーキングをしている住人や宅配業者など、何かと人の往来があるので、きっと人の目が及ばない深夜に犯行に及んだのだろう。物を盗まれたこと自体よりも、ガラス窓を隔てただけのほんの数メートル先の物音や人の気配に、私たち人間2人も犬も全く気付かなかったのが怖かった。


5月25日(月)ー6月1日(月)

 自転車盗難事件のちょうど1週間後くらいに、ローカル局のテレビで「自転車の需要が急増中」というニュースがやっていた。私の自転車は、知人から2年前に買い取ったときには既に中古の状態で、我が家に来てからもベランダで直射日光、雨と風にさらされていたので、あまり金銭価値はなさそうだけど、今はそれでも買い手がいるのもしれない。とにかく少しでも現金が欲しい人が盗んだのだろうな、とニュースを見ながら思った。

 29日、老舗の韓国系スーパーに食料品を買いに行った。前回の日記に書いたとおり、ここはいつ行っても割とすいている。この日は閉店間際だったからか客は私たち含めて数人しかおらず、ヒスパニック系の従業員たちは精肉コーナーの店じまいを始めていた。会計の際、レジ横にさりげなく布マスクが置かれているのを見つけた。3枚で7.99ドルだった。これまで、どのスーパーや薬局にいってもマスクを見つけられなかったので、すかさず買う。さらに、その横に不織布マスク5枚セットも5.99ドルで並んでいたので、これも会計に加える。よく見ると、5.99ドルの値札シールの下に、6.99というシールも貼ってある。1ドル値下げしたらしい。品薄状態でもなく、一人何点まで、という注意書きもないから、マスクの需要はもう落ち着いたようだ。この1か月くらい、同じ不織布マスクを、除菌シートで拭いてだましだまし再利用していたけど、ようやくそれから脱却できる。

 閉店10分前に店を出て、買った品物を車に積み込む。我々の車のすぐ近くに、赤いピックアップトラックが停まっていた。男性のグループが連れだってそのトラックに乗り、どこかへ去っていった。先ほど店内でみた、ヒスパニック系の従業員たちだった。みな同じところに住んでいるのか、それとも各自の家に順々に降りていくのか分からないが、とにかく1台の車に乗り合わせて帰宅しているようだった。米国では、アフリカ系とヒスパニック系の、コロナウィルスへの感染率が白人よりも高いことが統計により明らかになっている。その要因は、集合住宅に複数人で住んだり、公共交通機関を使わざるを得ない人が多い、自宅勤務という選択肢のないサービス業につく人が多い、既往症を持っている率が高い、医療へのアクセスがなかなかできない、など有色人種の人々の多くがパンデミック以前からずっと直面してきた構造的な不平等を反映するものだ。

 この週は、白人警官による黒人男性ジョージ・フロイド氏殺害事件と、それ以前にも繰り返し起きてきた、黒人に対する警察の不当な暴力への抗議デモが、全米で大きな関心を集めた。


 週末にかけて、私たちが住む街でも中心部でデモが起きた。ローカル局の報道を通して、州を南北に縦断する幹線道路まで一時はデモの影響で通行止めになったこと、警察がデモ参加者にゴム弾を発射しけが人が数名出たこと、夜間には中心部の一部のバーや商店で略奪が起きたことを知った。酒屋の監視カメラに記録された略奪の様子、ゴム弾で顔にけがを負い入院した若者のインタビュー、普段は車が絶えることのない幹線道路に大勢の人がわらわらとなだれ込む情景、そこに銃を向ける警官、と、画面から流れる情報を脳内で処理するのにいっぱいいっぱいだった。


ヨシオ カサヤカ


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