DNAテスト

 6月の前半、テレビでよく目にするCMがあった。一般消費者向けのDNAテストを提供する企業による、「父の日のプレゼントとしてDNAテストを贈ろう」というものだ。

 先祖のルーツ探し、自分の体質を知るため、などの用途を謳ったDNAテストは、米国では日本よりも身近なもののようで、同業他社のCMも目にしたことがある。

 ちなみに、6月に放映していたこのCMでは、父の日のセールとして、テストの価格は通常99ドルのところ期間限定69ドルと謳っていた。CMの内容はこうだ。

 序盤、「Ancestory DNA(商品名)によると、私の父のルーツは南アイルランド。父の釣り好きの理由が分かった気がするわ」というナレーションとともに、湖畔で釣りを楽しむ白人の父娘の姿が映る。続いて、森の中をランニングするヒスパニック系の男性と少年の映像にあわせ、「僕の父さんのルーツは北メキシコ、世界でも最も強いランナーの産出地なんだ」という少年のナレーション。

 最後に、星空の下テントの中で会話する、黒人の男性とその娘と思しき小さな女の子が映る。父親が身振り手振りで何かを語るのを楽しそうに聴く少女の様子に、「私のお父さんの先祖はアフリカのバンツー系民族。きっと彼らは世界で一番面白いお話をしてたに違いないわ」というナレーションが被る。

 CMの締めくくりとして、「Ancestory DNAなら、あなたのお父さんの地理的なルーツの情報が他社製品より2倍詳しくわかります。父の日にAncestory DNAを贈り、家族の絆を深めましょう。今なら69ドル」という解説が入る。


 父の日にDNAテストという宣伝文句に対し、どんな行事も商機につなげるアメリカってすごいな、というのがこのCMの第一印象だった。しかし、何度も放映されるのを観るうちに、別のことが気になり始めた。


 それは、登場人物の人種である。30秒のCMの中で、3組の父子を白人、ヒスパニック、黒人の設定にしているのは、多様性に配慮してのことだと想像がつく。しかし、何かが足りない気がする。しばらくして気がついたが、アジア系の人物が一人も出てこないのだ(注:「白人」「黒人」「ヒスパニック」「アジア系」という言葉自体がとても曖昧で厄介な単語だが、ここでは単語自体の是非についての議論はひとまず置いておく)。

 米国のTVドラマやハリウッド映画など、大衆メディアの中でアジア系アメリカ人が「見えない存在」とされてきたこと、また人種差別に関する議論の中でも、黒人やヒスパニックなど他の人種グループと比較してアジア系アメリカ人の状況や問題になかなかスポットライトが当てられないことは、様々な場で指摘されている(簡潔にまとまっている記事の一例としては以下参照)。

 そのため、目にしたCMの一つでアジア系の人物が登場しなかったとしても、特段驚くことではない。ただ、ルーツ探しをしたい米国の一般消費者をターゲットにした製品のCMで、しかも「他社より2倍詳しく先祖の地理的出自がわかる」というのを売りにしているのだから、それをアピールするうえでもアジア系の人物の描写が一つくらいあっても良いだろうと思った。

 そんなことを考えているうちに、そもそも同製品の謳う「他社より2倍詳しく先祖の地理的ルーツがわかる」というのが一体どの程度の詳しさなのか気になり、ついに同社のウェブサイトをクリックしてしまった。DNAテストへの興味など全くなかったのに、まんまとCMに誘導されている。


 ウェブサイトでは、「他社より2倍詳しい地理的データ:あなたの物語を学ぼう」というコピーの下に、テストで得られる情報の概要が紹介されている。自分のエスニシティの構成を表した円グラフ、先祖の出身エリアの推定データ、年代ごとの移動の歴史、などが分かるらしい。

 「地理的エリアのリストを見る(See all regions)」というリンクがあったのでそれを開けてみた。このリストには、「CMにアジア系の人物が出てこない」という点とはまた別の発見があった。以下、地名の羅列が続き冗長であるがご容赦願いたい。


 別リンクのリストは、「アメリカ」「ヨーロッパ」「アフリカ」「アジア」といった大カテゴリの下に、さらに細かい地理的区分が一覧になっている。

 例えば、「アメリカ」という大見出しの下には「北チワワ・南西ニューメキシコ」「西部・中央メキシコ」「ニカラグア・コスタリカ」「エクアドル・ペルー・チリ」といった多くの地名が並んでおり、このカテゴリは南北アメリカをすべて含むのだと理解する。ただ、多種多様な部族がいるはずの「ネイティブアメリカン」は、そのまま「ネイティブアメリカン」と一行のみ、ちょっと拍子抜けだ。

 リスト全体の中で、最も大きなカテゴリは、「ヨーロッパ系移民」、それに次ぐのが「ヨーロッパ」である。この2つのカテゴリ内の分類は非常に細かく、「ヨーロッパ系移民」は、目視でざっと数えても100以上の分類がされている。例えば、「南東ノースカロライナ入植者」「ノースカロライナ沿岸部入植者」「北ノースカロライナ・北ジョージア入植者」という具合である。また「ヨーロッパ」も、「スカンジナビア」というサブカテゴリ内ならばさらに18程度のエリアに、「アイルランド・スコットランド・ウェールズ」のサブカテゴリ以下は20以上のエリアにと、それぞれ分類されている。

  このように、「ヨーロッパ系移民」「ヨーロッパ」「アメリカ」が、リスト全体で比較的大きなボリュームを占めるカテゴリであった。それ以外での主なカテゴリは、「アフリカ」「アフリカ系アメリカ人」「アジア」である。「アジア」の分類内容は予想以上に大まかで、「東アジア」「南アジア」「西アジア」「中央アジア」「メラネシア」「ポリネシア」「中東」など合計で14しか小項目がない。自分がテストをするわけでもないのに、ちょっと漠然としすぎているような気がして少しがっかりした。


 ただ、それはまだ大したことではない。私が最も違和感を持ったのは、「アフリカ系アメリカ人」というカテゴリである。この大項目の下には、「ヴァージニアおよび南部アフリカ系アメリカ人」「ミシシッピ州アフリカ系アメリカ人」「ルイジアナ・クレオールおよびアフリカ系アメリカ人」といった、合計20程度の項目が並ぶ。ちなみに、「アフリカ」の大項目は、「北部アフリカ」「ベニン・トーゴ」「カメルーン・コンゴ」など9のエリア分類が並んでいる。


 「ヴァージニアおよび南部諸州アフリカ系アメリカ人」という単語を、とても奇妙に感じた。人類の歴史の中で、こうした集団が元来存在していたわけではない。「アフリカ」にいた人々が奴隷としてアメリカ大陸に連行され、強制力により「アフリカ系アメリカ人」になったのだ。「ヨーロッパ系移民」の分類においては「移民」「入植者」という、移動の歴史的背景を示唆する単語が使用されているのに対して、この「ヴァージニアおよび南部諸州アフリカ系アメリカ人」という単語には、アフリカから奴隷として連行された、その歴史が省かれている。徹底的に隠しきれないことを無理やり修正テープで消して、なんとなく聞こえのいい用語にしたような不自然さを感じた。


 それでは、どう記せばいいのか? 正直なところ、私にはわからない。そして、もちろん何が正しいと議論する権利は私にはない。そもそも、これはあくまで一企業の言葉の使い方なのだから、そんな瑣末なことの意味合いを考えるのはナンセンスだ、それより目の前できている差別や不公平に対し何か行動しろ、という意見もあるだろう。

 

 こんなことを考えているうちに、父の日はいつのまにか終わり、同時にCMの放映も終わった。

ヨシオ カサヤカ

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